福島地方裁判所会津若松支部 平成10年(ワ)135号 判決 2000年8月31日
原告
真壁テル
右訴訟代理人弁護士
大川原栄
被告
財団法人竹田綜合病院
右代表者理事
竹田秀
右訴訟代理人弁護士
中川廣之
同
本田哲夫
主文
一 被告は、原告に対し、金二〇一〇万円及びこれに対する平成八年一二月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告その余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その四を被告の、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
被告は、原告に対し、金二五九〇万円及びこれに対する平成八年一二月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 本件は、被告の設置する病院内で転倒して負傷した原告が、民法七一七条一項に基づいて損害賠償請求している事案である。遅延損害金の始期は、右事故発生の日である。
二 争いのない事実
1 原告は、大正一四年一〇月二五日生まれの女性であり、平成八年一二月六日当時、被告の設置する竹田綜合病院附属芦ノ牧温泉病院(以下「芦ノ牧病院」という。)に、治療及びリハビリーテーションのため入院していた。
2 原告は、平成八年一二月六日、芦ノ牧病院の廊下を歩行中、子供が同病院廊下の壁に沿って設置されていた防火扉(以下「本件防火扉」という。)の取っ手に触れたことから、同扉が、原告の方向に向かって閉じ始め、原告に接触した。このときの閉じ方は、通常人であれば、本件防火扉を手や身体で押さえたり、接触することを避けることができる程度のものであったが、原告は、後記のとおり歩行が不自由であったことなどから、本件防火扉と接触して、その場に転倒し、右大腿骨骨折の傷害を負った(以下「本件事故」という。)。
原告は、右受傷について人工骨頭手術(大腿骨頭置換手術)を受けた。
3 本件防火扉には設置保存の瑕疵があるので、被告は、原告に対し、本件防火扉の占有者ないし所有者として、民法七一七条に基づく損害賠償責任を負う。
4 損害(争いのないもの)
(一) 治療費(これまで自己負担分はない。) 〇円
(二) 入院付添費(六〇〇〇円×一〇日) 六万円
(三) 入院雑費(一三〇〇円×二二一円) 二八万七三〇〇円
(四) 入通院慰謝料(入院7.5月) 二五〇万円
(五) 逸失利益(収入なし)
〇円
5 原告の事故前の後遺障害等級(第三級)
原告は、本件事故前においても、脳内出血に起因する右不全片麻痺により、自動車損害賠償保障法の後遺障害等級表の第三級三号にいう、神経系統の機能、または精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないものに該当していた。
6 原告の事故前の状態(争いのない点)
歩行には丁杖を使用していたが、階段の昇降も一階から二階まで手すりをつたって上り下りができ、台に手をついて正座したり、立ったりすることもできた。
自分の身の回りのことは全てできた。入浴時に髪や体を自分で洗うことができ、浴槽の出入りのみ一部介助が必要であった。
原告は一人暮らしを希望していたが、できるであろうと診断されていた。
7 診療録等の記録における原告の運動能力の変化
本件で提出された、原告の診療録等には、本件事故前後の原告の運動能力について、別表のとおりの記載がなされている。
三 争点
1 原告の事故前と事故後の状態の変化
(一) 原告の主張
(1) 本件事故前の状況
丁杖で休みながらも約二〇〇メートルくらいは歩行ができた。
(2) 本件事故後の状況
丁杖での歩行は無理で、四点杖で他人が付いてゆっくりと約一〇メートル位歩ける程度であり、階段の昇降は無理で、下に落とした物を取ることもできない。
原告は、基本的には、歩行、入浴、靴下履き、靴履き等については、他人の介護なくしては生活できない状態になった。
(二) 被告の主張
(1) 本件事故前の状況
丁杖を使用して歩行ができる距離は一〇〇メートルほどであった。
(2) 本件事故後の状況
丁杖を使用して一〇〇メートルほど歩行できる。階段の昇降も、手すりがあれば緩やかにではあるが可能であり、靴下履きや靴履きも自分でできる。
2 原告の本件事故後の後遺障害の等級
(一) 原告の主張(第一級)
原告は、前記のとおり、本件事故後、人工骨頭手術を受けており、このことは後遺障害等級の第八級七号に該当する。
右の点は、原告が従前後遺障害等級第三級に該当していたこととは別個に評価されるべきである。
したがって、原告の本件事故後の後遺障害の等級は、併合認定により、第三級の二つ上位の第一級に該当するというべきである(第八級以上に該当する身体障害が二以上あるときは、重い方の身体障害等級を二級繰り上げる。)。また、争点1で述べた、原告の本件事故前後の状態の変化からも、事故後の等級は第一級と認定すべきである。
(二) 被告の主張(第三級、同一等級内での変化)
(1) 原告の本件事故後の状態は、事故前の右不全片麻痺に加え、右股関節の人工骨頭置換のために、受傷前よりは活動性は低下しているものの、後遺障害等級としては、同じく第三級三号に該当する。
(2) 原告が主張する第八級と第三級との併合によって第一級となるとの議論は、その第三級相当の後遺障害も当該事故によって生じた場合にあてはまる議論であって、本件のように元々第三級の後遺障害が存していた場合には当てはまらない。すなわち、原告の本件事故後の第三級相当の後遺障害の大部分は事故前から存したものであり、本件事故によるのは一部の増悪分だけである。
したがって、併合認定によっても、第一級に該当するとの原告の主張は理由がない。
(3) また、原告が人工骨頭手術を受けた右下肢を含む下肢の機能は、本件事故前からも充分でなかったのであるから、人工骨頭手術を受けたことによって新たに第八級相当の後遺障害が生じたわけではない。
3 損害(争いのあるもの)
(一) 原告の主張
(1) 将来の介護費等 一一八〇万円
原告に対する近親者による介護費用は、一日当たり少なくとも三〇〇〇円を下らないというべきである。すなわち、原告の本件事故後の後遺障害等級は、形式的には第一級に該当するが、実質的には第二級の「随時介護を要する」に該当する。下半身麻痺の後遺障害(第二級三号)のため随時介護を要する場合の添付費として一日当たり四五〇〇円を認めた裁判例(高知地判平成八年三月二六日)からみても、原告主張の一日当たり三〇〇〇円とする請求は控えめなものである。
原告の平均余命は、15.6年であり、ライプニッツ係数は一一であるので、将来の介護費用は、次のとおり算出される。
九万円(一か月当たり)×一二か月×一一=一一八〇万円
(2) 家屋改造費 二五万二七〇〇円
原告退院後、原告の近親者は、原告を介護すべく家屋の改造を予定しているところ、その見積額は約一二五万二七〇〇円であり、会津若松市から支給される助成金を控除した二五万二七〇〇円が必要である。
(3) 後遺障害に対する慰謝料
九〇〇万円
原告の後遺障害等級は、事故前の第三級から第一級に繰り上がっている。この場合の、慰謝料額は、第一級のものと第三級のものとの差額分(七八一万円)あるいは、第三級と第八級の二つの等級の合算額とすべきである(実質的には第八級の八一九万円)。
本件では、第三級での一定の加重があることを考慮すべきであるから、第八級の慰謝料額八一九万円のほかに、右加重分である第八級の慰謝料額の一割程度を考慮するのが相当である。
したがって、原告の後遺障害に対する慰謝料額は九〇〇万円を下らない。
(4) 弁護士報酬 二〇〇万円
二の4記載の争いのない損害額及び右(1)ないし(3)の損害額の合計額である二三九〇万円の約一割の金額
(5) 原告の損害額の合計(争いのないものも含む。) 二五九〇万円
(二) 被告の主張
(1) (1)の将来の介護費用は否認する。原告の状態は、本件事故後も第三級に止まっているので、介護の必要性はない。
(2) (2)の家屋の改造の必要性は否認する。原告は、本件事故前も身体が不自由であったから、本件事故によって新たに家屋の改造が必要になることはない。
(3) 後遺障害慰謝料も争う。前記のとおり、原告は、本件事故の前後で後遺障害の等級の変更はなく、同じ第三級内での変化である。
したがって、第二級の慰謝料額と第三級の慰謝料額の差額とすることもできない。むしろ、「青い本(第一五訂版、平成七年一二月発行)」の第三級の下限と上限の差である三〇〇万円を最大限として、その中で実質的増悪分を斟酌して算出すべきである。
4 原告の既往症の寄与(過失相殺の類推適用)
(一) 被告の主張
原告は、本件事故前、前記のとおり、右不全片麻痺の状態にあり、また、大腿骨に骨粗鬆症が発病しており、その程度は、正常がⅣ度、最低がⅠ度と六段階で評価した場合のⅢ度ないしⅡ度に該当するものであった。
原告が本件事故の際、防火扉を避けきれずに転倒したことの原因として、右の片麻痺が生じていたことが、また、骨折が生じたことには、右の重い骨粗鬆症が生じていたことが、それぞれ寄与している。
したがって、損害賠償額を算定するにあたっては、右に述べた原告の右不全片麻痺及び骨粗鬆症の存在を勘案し、七割の過失相殺がなされるべきである。
(二) 原告の主張
被告の過失相殺の主張は否認ないし争う。
仮に、原告に、右片麻痺及び骨粗鬆症が生じていたとしても、軽微なものであり、右片麻痺が原告が転倒したことの原因になっていること及び骨粗鬆症が骨折の原因になっていることは、いずれも否認する。
仮に、原告に、被告主張の程度の右片麻痺及び骨粗鬆症が生じていたとしても、本件は、高度の注意義務を課せられている治療及びリハビリテーションのための専門的医療施設内での事故であるから、原告の疾患等を斟酌することは、公平を失することになり許されない。
第三 判断
一 争点1について
争いのない事実1、2及び5ないし7に、証人小椋サダ子及び同遠山正子の各証言、原告本人尋問の結果、甲第二、第三、第六及び第一〇号証、乙第一ないし第三号証、第五、第六及び第八号証並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。
1 原告は、従前、会津若松市城前所在の市営住宅の三階の住居で一人暮らしをしていたが、脳出血による右不全片麻痺などが生じたため、平成八年一一月五日、芦ノ牧病院に入院し、治療及びリハビリテーションを受けた。
2 原告は、右入院の際は車椅子を使用したが、本件事故当時は、毎朝、丁杖を使用して、五〇メートルの距離を二往復(合計二〇〇メートル)歩行することができ、また、病院内の手すりのある場所では、利腕で手すりにつかまって、杖を使わずに歩行することもできた。また、この当時、原告は、右の歩行以外の日常生活、すなわち、ベッド上の起きあがり、車椅子からベッドへの乗り移り、更衣、食事、排泄及び入浴も一人で行うことができた。
3 原告は、本件事故及び手術後、同じく芦ノ牧病院内でリハビリテーションを行い、平成九年一一月三〇日退院したが、歩行については、丁杖ではなく専ら四点杖を使用して五〇メートル程度、時には一〇〇メートルほど歩くことができるようになったが、丁杖のみを使用して歩行することは、転倒することへの恐怖心などから極めて困難の状態にある。また、日常生活については、入院の際、つま先を洗うことが困難になったほかは、目立った変化は見られなかった。
ただし、原告は、本件事故ないし手術後、しばしば右臀部付近に痛みを感じるようになり、また、前記の転倒への恐怖心や病院への不信感などから、指示されたリハビリテーションに対し消極的な態度をとることもあった。
4 原告は、平成九年に芦ノ牧病院を退院した後、従前の住居では階段の上り下りができず、また、市営住宅の一階への移動もすぐには認められなかったことから、娘である小椋サダ子(以下「サダ子」という。)方に同居し、同人らの介助を受けている。サダ子の夫も障害者であり、サダ子は、原告とともに夫の世話もしている。
サダ子による原告への介助は、ベッドから起きあがることの手助け、更衣の手伝い及び歩行訓練の際に付き添うことが主内容となっている。
5 原告の現在の状態は、次のとおりである。
ベッド上での起きあがりは自分でできるが、前記の臀部の痛みがある場合には、サダ子らが介助して起きあがらせている。
車椅子からベッドへの乗り移りは一人でできる。
移動(歩行)については、サダ子らの監視下で、丁杖と四点杖の両方を使用して一回に五〇メートルほど歩行することが可能であるが、それ以上の距離を連続して歩行することはできない。車椅子を使用して移動することは可能である。なお、原告が階段の昇降が可能である事実は認められない。
更衣のうち、上半身の更衣は自分ででき、下半身の更衣についても、ベッド上でゆっくりとした調子ではあるが一人で行うことができる。ただし、靴や靴下の着脱は、臀部に痛みを生じることから他人の介助を必要とする。
食事及び排泄は一人で行うことができる。
入浴の際は、頭部、体の前面及び下肢のうち足の膝付近までは自分で洗うことができるものの、膝から下の部分及び臀部は痛みを感じることからサダ子が代わって洗い、また、背中については、サダ子が原告自身が洗う方法では不充分と考えたことから、サダ子が洗っている。
二 争点2について
右一で認定したとおり、原告は、本件事故後、杖を使用せずに歩行することはほぼ不可能な状態にあり、四点杖等を使用した歩行も一回に約五〇メートル程度しか行うことができず、現実にはサダ子ら他人の監視下で行うことが必要となっている。また、洗体等も、膝から下の部分を自力で行うことはできず、また、しばしば臀部の痛みを感じ、その際は、ベッドから起きあがる際に他人の介助を必要としている。
こうした、原告の状態について、人工骨頭手術を受けたことも総合して判断するに、原告は現在、一人で日常生活をおくることは極めて困難であり、神経系統の機能に著しい障害を残し、随時介護を要する状態にあるということができる。したがって、本件事故後の原告の状態は、後遺障害等級の第二級三号に該当する。なお、原告の歩行能力などが本件事故前より減退したことについては、前記のとおり、原告の、転倒することへの恐怖心やそれらの起因するりハビリーテーションへのやや消極的態度も影響していることが窺えるが、本件事故の態様、それが病院内で起きたものであること、当時の原告の年齢並びに骨折の際の肉体的苦痛や事故後の手術やリハビリテーションの負担感などは原告にとって相当程度のものであったであろうと考えられることを斟酌すると、右の原告の心理的問題は、後遺障害の等級を減じる要素ないし過失相殺の要因とはならないというべきである。
三 争点3について
(一) 将来の介護費用について
前記のとおり、原告は随時介護を必要とする状態にあり、将来においてその改善が期待できないので、被告は、右介護費用を賠償する義務を負う。
原告の主張する一日当たり三〇〇〇円の金額は、前記原告の状態に照らし相当と考える。そして、原告が平成九年一一月退院時(満七二歳)の平均余命は約一六年であるので、次のとおり、原告の介護費用は一一七〇万円が相当と考える。
9万円×12月×10.8377(一六年間のライプニッツ係数)≒1170万円
なお、原告は、本件事故前全くの健康状態にあったのではなく、後遺障害等級第三級の状態にあったことは当事者間に争いがないが、後記四で述べるとおり、介護費用の算定にあたっては、これを理由とする減額は行わない。
(二) 家屋改造費
証人小椋サダ子の証言、甲第四号証及び第七号証の各一並びに弁論の全趣旨によると、サダ子方では、原告を迎え入れるに当たり、芦ノ牧病院の担当者の助言を受けるなどして、床を平らにするなどの家屋の改築を行おうとしており、その費用として約一二五万二七〇〇円を要する事実を認めることができる。
前記の原告の状態に照らすならば、右家屋の改造は必要なものといえるので、右改造費から原告の自認する助成金を控除した二五万二七〇〇円について被告は賠償義務を負う。
(三) 後遺障害に対する慰謝料
前記のとおり、原告の本件事故後の後遺障害の等級は第二級に該当するが、原告は本件事故前既に同第三級の状態にあったことは当事者間に争いがないので、原告の慰謝料額は、右後遺障害の等級が進んだ部分について算定するのが公平であると考える。
こうした事情を総合すると、右慰謝料額は三五〇万円を相当と考える。
四 争点4について
(一) 被告は、原告が本件事故の際転倒したことには原告の右不全片麻痺が、骨折したことには原告が骨粗鬆症にり患していたことが、それぞれ寄与しているので、民法七二二条二項(過失相殺)の類推適用により損害額の七割の減額がなされるべきであると主張し、乙第四号証(東京海上メディカルサービス株式会社作成の意見書)には、これに沿う記載がある(ただし、右不全片麻痺及び骨粗鬆症の寄与率は六〇ないし七〇パーセント程度とする。)
(二) ところで、被害者に対する加害行為と加害行為以前から存在した被害者の疾患とがともに原因となって損害が発生した場合に、損害賠償額を算定するに当たり、民法七二二条二項の規定を類推適用して被害者の疾患を斟酌することができるのは、当該疾患の態様、程度などに照らし、加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失する場合に限られる。
右の法理を本件に当てはめてみるに、本件は、病院内で、その工作物の設置保存の瑕疵により、入院中の老女が負傷したという事案である。また、原告には、本件事故の際、本件防火扉が閉じたことについて、これに物理的原因を与えたり、あるいは、禁止されている場所を歩行したり、禁止された歩行態様をとったなどの事実は認められない。かつ、骨粗鬆症とは、骨を形成している組織が吸収され減少しもろくなった状態をいい、閉経後の女性に多く見られるものであることは、当裁判所に顕著な事実である。
本件事故は、争いのない事実2記載のとおり、健常者や一般の若年者であれば、本件防火扉を自力で押さえたり、これを避けることによって、容易に衝突を回避することができたものといえ、また、仮に接触して転倒したとしても、直ちに大腿骨骨折などの重篤な骨折事故になるとは考え難い。しかし、本件事故現場は病院であり、原告(本件事故当時満七一歳)のような高齢の女性を含む、高齢者や身体に疾患を有する者が多数往来している場所であると認められるのであり、こうした場所で、本件と同様に通行者の予想に反して防火扉が閉じるという事態が起きた場合、原告に限らず、心身の疾患からこれを避けることができずに接触して転倒したり、また、転倒した場合に限らず、衝突の衝撃が比較的軽微なものであっても、従前の疾患も原因となって、重篤な骨折などの傷害を引き起こす事故が起きることは、充分予測できるというべきである。それがため、本件事故現場のような病院等の施設の占有者には、右のような事故を回避するため、一般の住宅や一般公衆の出入りする通常の施設の占有者とは違った、利用者の安全へのより高度の注意義務が課せられているというべきである。
したがって、そうした場所で、施設の瑕疵により利用者の身体に対する傷害事故が起きた場合、被害者の疾患のうち、少なくとも施設の占有者において把握ないし容易に予測できるものについて、これを損害賠償額の算定に当たって斟酌し損害額の減額を図ることは、かえって、損害額の公平な分担の要請に反するといえるので、許されないと解する。
これを本件についてみるに、被告の主張する原告の疾患である、右不全片麻痺は被告において把握していたものであり、骨粗鬆症は、その存在を容易に予測できたものというべきである。したがって、本件事故による原告の損害額を算定するに当たり、右の不全片麻痺及び骨粗鬆症の存在を斟酌することは許されない。
よって、その余の点について判断するまでもなく、争点4の被告の主張は採用できない。
五 原告の損害額
以上の次第で、被告が、本件防火扉の占有者として、原告に賠償すべき損害額を計算するに、前記三の(一)ないし(三)の合計額である一五四五万二七〇〇円に争いのない事実4記載の合計額である二八四万七三〇〇円を加えると、一八三〇万円となる。
弁護士報酬については、右の一割程度にあたる一八〇万円を相当と考える。
したがって、本件事故に関し、被告が原告に賠償すべき損害額の元本額は、合計二〇一〇万円となる。
第四 結論
よって、原告の請求は、主文第一項掲記の限度で理由があるので認容する。
(裁判官松田浩養)
別表<省略>